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Case Studies

取組事例集

仙台せり鍋ムーブメント(三浦隆弘氏)

仙台せり鍋ムーブメント(三浦隆弘氏)

【基本情報】

  • 三浦隆弘氏は宮城県名取市下余田地区にある30aの圃場で伝統野菜のセリやミョウガタケを栽培する農家である。オープンファーム「なとり農と自然のがっこう」や小学校の子供たちと古代米を栽培する「田んぼのがっこう」の開催、公益財団法人やNPO団体の理事など、農業以外にも幅広く活動している。
  • 名取市下余田は豊富な地下水が湧き出る地域で、400年前から集落全体でせり栽培がおこなわれてきた。深さ90mの井戸を掘って地下水をくみ上げ、せり田に掛け流して栽培する。地下水は年中一定の温度(15度)を保っているため、東北の冬の寒さの中でもせり田が凍らずに美味しいせりが収穫できる。三浦氏の代から鶏糞と油粕を主体とした有機栽培に転換。絶滅危惧種のイチョウウキゴケを含め、せり田は多くの生物が棲息する生物多様性豊かな場所となっている。
  • 「仙台せり鍋」はせりが主役の鍋料理で、2003年に宮城県名取市でせり農家を営む三浦隆弘氏が仙台市内の小さな居酒屋「いな穂」の稲辺勲氏と共同で考案して誕生した。現在、仙台市内のみならず、宮城県内外の多くの飲食店でせり鍋が提供されるようになっている。
  • せり鍋は鴨肉を入れて出汁をとり、そこへせりをしゃぶしゃぶのようにさっと湯を通して食べる。せりの葉、茎、根のすべての部位を用いる。清涼感のある香り、咬むと出てくる、苦味・渋味・甘味といった味わい、シャリシャリ、コリコリと、部位によって異なる食感が魅力。「根っこが一番美味しい」と言われるが、一番味が濃いのはクラウン(王冠)のような形をした付け根の部分である。せり田にやってくる鴨はその美味しい部分を食害する害鳥であるが、鍋の中ではせりの味を引き立てるいい食材となる。
  • 三浦氏がつくるせりの販売先は8割が飲食店であり、多くがシェフ同士による紹介がきっかけである。せりの根っこを丁寧に洗って出すなど、理解のある飲食店とのみ取引している。

【きっかけ】

  • 元々、せりは正月に雑煮の具として少しだけ食べられる野菜だった。ところが、せりは寒さの強まる1~2月に最も甘味が増し、美味しくなる。このせりの旬の時期に、地元資本のお店で食べてほしいという思いから、せり鍋が誕生した。せり鍋の定着により、「せりは根っこが美味しい」までと言われるようになった。
  • 仙台せり鍋の提供店が拡大し、広く一般的に消費されるようになったことを、三浦氏は「せり鍋ブーム」とは呼ばず、「せり鍋ムーブメント」と表現している。仙台せり鍋は、仙台に来るからこそ美味しいものであり、地元ならではの鍋である。これは、いいものをつくって東京に届ける農業ではなく、旬の時期に地元で美味しく食べてもらう農業へ転換する仕掛けであり、よいものの所在が東京と仙台とで入れ替わる逆転現象を引き起こすたくらみである。また、仙台にやってきたお客さんに地元の経済や文化、歴史、環境を学ぶ教材を提供するものでもある。経済のあり方、豊かさの感じ方そのものに問いを投げかけ、静かな変革を起こしていくことを意識した取り組みとなっている。

【オーガニックへの思い・こだわり】

  • 三浦氏は農業短大在学中に環境保護活動にのめり込んでいた。その中で、環境保全米を求める女性たちと知り合い、安全な食べ物を切実に求める人々の存在を知った。生態系の保全と食の安全性に大きな関心を抱いていた三浦氏は、自身の代になって圃場をすべて有機農業に転換した。それまではJAを通じて系統出荷していたが、全量出荷をやめたことで生産部会から外された。周囲が変化し始めたのは2011年の震災後。せり鍋ムーブメントの到来で多くの取材を受けるようになり、多種多様な人々が発信し始めたことで、周囲の見る目が変わってきた。今やせりは仙台の中央卸売場で最も高値をつけるようになり、100g当たり400円を超えることもある。現在では周囲の農家も仙台の飲食店に向けて出荷を行うようになってきている。
  • 三浦氏が有機農業に取り組むもう1つの理由はせりの美味しさのためである。三浦氏は美味しいせりは良い水、豊かな土、水田を中心とする豊かな生態系によってつくられると考えている。三浦氏のせりでつくるせり鍋は格別の味がする、と評判である。

【成功要因】

  • 三浦氏は仙台せり鍋が仙台の人の心の隙間を埋めるものであったことが成功の要因だと考えている。東京に本社をおく企業の「支店経済」として栄えた仙台は、いつしか、「そこにしかないというものがない」場所になっていた。「心の隙間」とは、地元に固有の、誇れるものが見当たらないという人々の寂しさである。仙台せり鍋は奥の深い歴史と文化に根ざし、地元農家と地元資本の飲食店が考え出した、仙台固有の美味しい鍋である。せりを主役とし、根っこまで食べるという珍しさやビジュアル上のインパクトだけでなく、そのやみつきになる美味しさと周辺のストーリーの厚みが仙台の人々の心の隙間を埋めるものになっている。県外客をもてなし、地元の良さを伝えることのできる、地元への愛着と誇りを取り戻せる料理となっていることが、成功の要因だと三浦氏は考えている。
  • その成功の前提となっているのは、何よりもせり鍋が「美味しい」ということである。仙台せり鍋がブームとなることで、提供店ではせりの根っこがいい状態でないものが出回るなど、品質やサービスの劣化が見られるようになった。このような状況では、三浦氏の目指す「ムーブメント」は成立しない。そのため三浦氏はただせりを育てて出荷するだけでなく、出荷後の品質管理にも力を注いでいる。1つには、せりをよい状態に保つための情報をシェフに一緒に届けるという心掛けである。もう1つは、三浦氏自身が「品質管理業務」と呼んでいる鍋奉行である。三浦氏は、せり鍋の美味しい食べ方を伝授するため、夜な夜な、酒場に出て鍋奉行にいそしんでいる。
  • 三浦氏は仙台せり鍋が、行政や大きな資本のお膳立てを受けたものではなく、三浦氏と稲辺氏が考案したせり鍋の美味しさを見出し、足しげくお店に通い、身銭を切って口コミで広げた人々によって広められた点も強調する。三浦氏が関わりのある環境活動家や野菜ソムリエ、スローフード運動の担い手、地元資本の飲食店や酒蔵による応援のおかげで、現在のような愛されるせり鍋になった。これは消費者にリスク分担者としての負担を強いない、自然発生的な、結果論的なCSAの形であると三浦氏は考えている。
  • 三浦氏と稲辺氏はまた、仙台せり鍋の商標をとらず、他店による模倣を制限しなかった。大手資本が「仙台せり鍋の素」を売り出しているが、そのような時代の変化に対しても前向きに捉えている。「変わり続けていけば世の中の変化に対応できる」と考える三浦氏の柔軟さも、仙台せり鍋が20年の歴史を経た今も人々にときめきを与え続ける秘訣なのかもしれない。

※2023年2月21日実施の三浦隆弘氏インタビュー、および次の文献・動画を参考に作成。

参考文献・動画:

  • 奥田政行・三好かやの『東北のすごい生産者に会いに行く』柴田書店、2015年
  • YouTube動画『宮城県魅力発信動画 #9冬鍋の主役を作る侍「三浦隆弘さん」(宮城県広報課)』URL: https://youtu.be/ERIyz1_AeYs
  • YouTube動画『三浦農園 せりの愉しみ方 / せり鍋の作り方 / 名取市観光物産協会』URL: https://youtu.be/Nfgmh_BACxU